*書評ではないのでネタバレはありません。
このエッセイのどこが面白いかというと、
Point 独特の物語連想で「いやミスの女王」と呼ばれる作者にも、作家としてのステージまでには、幾つもの過程があった。それが各作品をより面白くする。
今から、およそ10年前に「告白」で一世を風靡したミステリー作家、湊かなえさん。
それまで、ミステリーに関して、宮部みゆきさん意外は女性作家の存在をあまり寛容していなかったのですが、その圧倒的な物語の湿度に舌を巻いたのでした。
というのも、男は結果型、女は過程型なので、算数脳で作られることが多いミステリーは、男性作家の方が密度が濃いと錯覚していたからです。
ところが、思い返してみても、面白かった作品は「どんでん返しの仕組み」よりも、やっぱり登場人物の魅力に尽きるのです。
そうなると、人間の心のうちの湿った感情を表現できる湊さんの作品に魅了させられるのは、至極当たり前になってくるのです。
ということで、
そんな僕が見つけた湊かなえの人気の秘密をこちらの5点で説明していきます。
目次
湊かなえという人物
「告白」のセンセーショナル
「贖罪」のミゼラブル
「リバース」のリザーヴ
「絶唱」の ヒューマニズム
を深掘り。
まずは、作者紹介からいたしましょう。
1.湊かなえという人物
湊かなえ(ミナト・カナエ)
1973年 広島県尾道市因島生まれ。武庫川女子大学家政学部被服学科を卒業後、アパレルメーカー勤務を経て2年間青年海外協力隊隊員としてトンガに赴任、家庭科教師。『告白』で第6回本屋大賞受賞、『贖罪』で第63回日本推理作家協会賞。いやミスの女王と呼ばれ、結末の不快感が特徴といわれるが映像化される作品が多い。
作者の特徴をあげますと、
まず、出身が広島県の因島で、同郷のポルノグラフティとの合作もある。
自然豊かなみかん農家の娘として生まれた。
トンガの自然の中で育んだ感性
結婚後は兵庫県淡路島の農家に嫁ぐも、執筆に挑戦し作家デビュー
いやミスの女王
「山猫と珈琲」では、作家デビュー前の湊かなえさんの心持ちや、人となりが垣間見られ、作品の中に見られる登場人物像とは違った親近感を強く持ちます。
タイトルとなっている「猫」と「珈琲」の存在も、決して押し売りではなく、はたまた愛玩・自慢でもなく、まさしく挿絵ほどのゆるい存在感にしているのが心地よい
∽∽∽∽ コメント ∽∽∽∽
湊かなえが、作家を目指すことになったきっかけや、小説家ではなくシナリオ作家としての
挑戦、さらには、当初の応募作品が「恋愛物語」であったことという成り立ちが、今の作風
の土台になったと考えると、より作風に深みを覚えます。
さらに、森村桂さんの「天国にいちばん近い島」に感銘を受けて自分の南の島を探しに行く行動力も、少しおっとりとした湊さんの裏面を垣間見るようで楽しいです。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
2.「告白」のセンセーショナル
ベストセラー化した小説でしたが、意外にも僕がこの物語に触れたのは映画が先でした。
先述の通り、女性の書くミステリーの意識が低かったことが原因ですが、映像作品としてのこの物語の質はとても高く、半ば"驚愕"に近い印象を覚えたのでした。
その興奮が熱いうちに原作を貪り読み、その世界に没頭したのです
初めて「湊作品」に触れたこの作品で、一番驚いたのは物語の流れとカッティングです。
それは、まさに映像化を知っている人間の書き方でした。
例えば第一章のラスト一文 「これで終わります」
これは、ドラマでよく使うティザー手法そのものです。
読者に「えっ?どうなってしまうの?」と思わせ、次のページに進ませる。
ドラマで言えば、「to be continued」
湊かなえさんがシナリオ作家を目指していた片鱗を見せつけられます。
湊かなえさんのミステリーは、文章の向こうにこういったメディア手法が多く感じられるのです
3.「贖罪」のミゼラブル
「ミゼラブル」とは、「不幸な」とか「惨めな」という意味です。
湊かなえさんを象徴するキーワードが、この「ミゼラブル」だと思うのですが、それをより反映させた作品が「贖罪」です。登場人物が女性中心であることも湊作品の特徴ですが、この作品に出てくる4人の女性の心模様とアンハッピーなトーンが傷に触るような感覚を覚えます。
人間は生きていく上で、必ず「贖罪」を持っている。
少女の秘めた真実という設定は「豆の上で眠る」という作品にも見られますが、湊作品は、この少女(子供の頃の意識)の秘めごとが絶妙と思うのです。
男性読者には、このタイプの違う「秘め事」「隠し事」が妙に湿っぽく温度を持っているように感じられ、怖さを助長します。
「贖罪」に登場する紗英、真紀、晶子、由佳の4人の女性も、取り立てて罪を背負うような人間ではないはずなのに、人生の落とし穴に落ちてしまう。
隠さなければいけないことが、やがて自分を支配してしまう。
罪人も、そこにいる理由がある。
「ユートピア」に登場する少女もまた、読者に心を寄り添わせるほどの、特に男性読者からは庇護欲を引き出す対象です。
つまりは、湊かなえさんの作品が読者に訴求するのは、女性読者には共感、男性読者には擁護の対象になる絶妙なパーソナリティの設定にあると思うのです。
4.「リバース」のリザーヴ
「リザーヴ」には、「無遠慮」という意味もあります。
「贖罪」が、ひと際、女性の湿っぽさを感じる作品であったのに対し、男性主人公である「リバース」は、真実に気付く男性の思慮の弱さを露呈するようです。
主人公に同調するあまり、クライマックスの衝撃に戸惑いが膨らみます。
深瀬和久は、その性格からして読者から"心配な存在"であるからこそです。深瀬和久は、その性格からして読者から"心配な存在"であるからこそです。そして、また、湊作品常套の、一文の破壊力をこの作品で示します。
それも、最後の一文で。
湊かなえさんの物語創作の手立てはわかりませんが、この作品は間違いなく最後の一行から書き始めたのではないかと思います。男性主人公という点も否めませんが、登場人物の心に潜む「欲」は物語進行上のポイントではなく、どちらかというと淡々と進む物語が、最後の衝撃をより強くするように設計された作品だと気付かされます。
そういった意味では、湊さんの作品の中では一番ミステリー感が強い作品と言えるでしょう。
この作品で、湊かなえは男性的な視点を持ち合わせていると証明されたのです。
5.「絶唱」の ヒューマニズム
湊かなえさんの人生経験が反映された作品として注目されるのが「絶唱」です。
舞台がトンガ王国、青年海外協力隊、阪神大震災、作家というキーワードだけで、湊さんの半生を物語っていることが見て取れますし、物語の裏にある出来事も、もはやノンフィクションではないかと思わされるほどです。
そして、物語の主人公が作家となって告げる「小説など何の役に立つだろうと悔しさを感じることはあっても、書く手は決して止めない」という言葉は、湊かなえさんの本意として聞こえ、読者に作品と作者を合わせて訴求する強く重いメッセージとして伝わります。
人生には、幾つもの苦難があります。
戦争や震災、そして2020年に世界を大混乱に陥れた「covid-19感染」
人は、その苦難や苦境の中で、またそれを乗り越えた先で何かを掴むのだと思います。
そういった人生の障壁が、物語の強い核となり、大きなメッセージとなって人の心に届くものだとこの作品を読んで感じるのです。
作品を読むのか、エッセイに触れるのかは読み手の最大の自由ですが、書き手の経験やそこから生まれるメッセージが、作品の何かになっていることに気づく喜びも読み手の喜びです。それを知っていながら、書き手は知らぬ顔をして淡々と、時には冗談を交えながら伝えるのです。
「山猫と珈琲」もまた、猫が大好きなくせに、珈琲が大好きなくせに、ほとんどその二つは文章の中に現れません。現れませんが、作者がこの二つをこよなく愛していることが分かります。
そして、このエッセイが何より充実しているのは、デビュー前にシナリオ作家として応募した湊かなえさん渾身のラジオドラマのシナリオが読めることです。
全く湊かなえさんらしくない文体だとも思えるし、なるほど片鱗が伺えるとも思う作品です。
だから、
まとめ 湊かなえが人気者である秘密を盗め! ・ラスト一文の破壊力を身につけろ! ・共感と擁護を意識しろ! ・どんでん返しは、素知らぬ顔で そして、一番大切なのは、 作品を創る人間は、自分の経験値が刷り込まれるほど 作品に向き合わねばならない
さて、このエッセイ、あなたは読んでみたいと思いましたか?
⁂ -合わせて読みたい- ⁂
Comments